判例研究

◆日経新聞事件◆

1.対象判例

 事件番号:平成20年(受)第1207号
 判決年月日:最判平成21年2月17日
 事件名:株主権確認等、株主名簿名義書換等、株式保有確認等請求事件
 裁判結果:上告棄却
 掲載誌:裁時1478号1頁、金判1312号30頁

 第1審:平成19年10月25日 判決
 第2審:平成20年4月24日 判決

2.事実関係(別添模式図参照)

(1)当事者
 ア.原告(上告人)
 X1、X2  Y1の元社員で持株会会員(「社友」待遇)
 イ.被告(被上告人)
 Y1 株式会社日本経済新聞
 Y2 日本経済新聞共栄会
   (いわゆる社員持株会、「権利能力なき社団」である旨認定されている。)

(2)経緯
 ・Y1の定款には、株券は発行しない旨及び株式の譲渡には取締役会の承認を要する旨の規定及び日刊新聞紙の発行を目的とする株式会社の株式の譲渡の制限等に関する法律(以下「日刊新聞法」という)に基づき、株式の譲受人は会社関係者に限る旨の規定が存在する。

 ・X2はY2から取得したY1株式を社友として保有していたが、そのうち400株を1株1000円、合計40万円で平成17年9月29日に同じく社友であるX1に売却した。X2は同日Y1に対して本件株式譲渡の承認を請求したが、同年10月11日不承認の旨の回答を行った。そこで、X2は同年11月1日にY1に対し、株式譲渡先指定の請求を行った。

 ・Y2はX2に、平成17年11月4日、以下で述べるルールに従う旨のY2とX2の合意に基づき、Y2が本件株式を譲り受けた旨通知し、同月7日、Y1に対して本件株式譲渡につき承認を申請したところ、Y1がこれを承認した。

(3)訴えの内容
 ・X1及びX2は、Y1及びY2に対して400株に関するX1の株主権の確認を請求し、Y1に対して株主名簿の名義書換を請求した(第1事件及び第3事件)。
 ・Y1及びY2は、X1及びX2に対して本件株式はY2が取得したとして、Y2の株主権の確認を請求し、X2に対して名義書換の請求を行った(第2事件)。
 ・そして、これらの事件が併合された。

3.判示内容

(1)前審までの判示
 ア.第1審
 ・まず、X2からの請求は、X2に確認の利益がなく却下された。
 ・Y2と社員の間では、遅くとも昭和34年ころまでに、Y2が社員等にY1株式を額面額1株100円で売却し、株主が退職や死亡等によりY1株式の所有資格を失ったとき又は個人的理由により売却する必要が生じたときは、Y2が額面額で買い戻す内容の株式譲渡ルールが成立していた。
 ・X2がY2から本件株式を譲り受ける際に、上述のルールに従う旨の合意がなされていた。
 ・X2がY1に譲渡先指定を平成17年11月1日に行なった時点でX2の本件株式売買の意思が確定的となり、停止条件成就によりX2からY2に株式の売買の効力が生じた。
 イ.第2審
 ・Xらは本件株式譲渡のルールを争うとともに、取引価格を固定する本件株式譲渡ルールは株式会社の本質に反すると主張した。判決は、以下の観点から本件譲渡ルールの合理性を認め、公序良俗にも反しないとして控訴を棄却した。
 ・Y1が株式の譲渡制限及び社員株主制度を採用していること
 ・簿価純資産方式でY1株式を譲渡すると、時価が額面価格を大幅に上回り制度維持が困難であること
 ・必ずしも投下資本の回収を否定するとまでは言えないこと

(2)上告審での論点
 “本件株式譲渡ルールは株式の譲渡制限に関する会社法の規定に反し、株式会社の本質に反することから、当該ルールに従う旨の合意は無効であるかどうか”

 ◇「上告受理申立理由書」の骨子:  “商法ないし会社法の下で、株式譲渡ルールは無効”
 ・株式会社の基本的特質は、そのいずれもが、株式会社という法人の根本的な性質を規定するものであるが故に、株式会社は定款によってもこれに反する規定を置くことが出来ない(強行法規性)。
 ・株式の出資の持分を自由に譲渡できるという特質に反する株式会社の定款等の内部規定は無効である。
 ・また、譲渡される株式の売買価格を株式会社が決めることができるという規定を設けたとしても、その規定は無効である。
 ・Y2の唯一の役割は、「日経株式の円滑な流通を目的とすること」(Y2会則3条)であり、事務局がY1本社内に置かれ、理事長以下全員がY1社員で構成されている。また、増資に当り、誰にどのように分配するかはY1の経営会議で決められる。これらから、Y2は実態としてY1の分身であり、Y2会則はY1の内部規範とみなされるべきものである。
“日刊新聞法の下においても無効である”
 ・Y1のような株式譲渡ルールを採用している新聞社は他に存在しない。株式の譲渡について事業関係者の縛りと取締役会の承認制度があれば日刊新聞法の趣旨は守られる。
 ・日刊新聞法においても、譲渡価格の固定が許容されるという前提や論拠はない。

(3)上告審判旨
 ・日刊新聞法に基づき社員株主制度を採用している。
 ・本件譲渡制限ルールは社員株主持株制度を維持することを前提に、Y1株式をY2を通じて円滑に現役の社員に承継させるためのものであり、内容に合理性がないとは言えない。
 ・Y1は非公開会社であり、株式に市場性はない一方で、購入・売却価格が同一であるため、Xらを含む社員は譲渡益も譲渡損も期待できない状態にあった。
 ・X2はかかるルールの内容を認識した上で自由意思によりY2から本件株式を額面価格で買付けた。
 ・Y1につき、多額の利益を計上しながら特段の事情もないのに一切の配当を行うこともなくこれをすべて会社内部に留保していたというような事情は見当たらない。

 以上から、本件株式譲渡ルールに従う旨の本件合意は会社法107条及び127条の規定に反しないとともに、公序良俗にも反しない。

4.本件の先例となる判例

 ◇最判平成7年4月25日(裁判集民175号91頁)◇
 株式の譲渡制限のある会社における社員持株制度(持株会は構成せず)の下、社員株主と会社との間で、社員が退職時に取得価格と同一価格で取締役会の指定する者へ譲渡する旨の合意がなされた事例で、以下のように判示した。

 「本件合意は、商法二〇四条一項に違反するものではなく、公序良俗にも反しないから有効であり、被上告会社の取締役会が、本件合意に基づく譲受人としてHを指定し、同人が買受けの意思を明らかにしたことにより、上告人らは被上告会社の株式を喪失したとして、株券の発行を求める上告人らの請求を棄却すべきものとした原審の判断は、正当として是認することができる。」

5.契約による譲渡制限に対する考え方

 株主と会社との契約で譲渡制限を行うことの有効性は一般に認められている。
 裁判例においても、商法204条1項(現会社法127条)が会社と株主の間で締結される債権契約の効力を直接規定するものではないとして、有効性を認めている。
 しかし、学説では、例えば江頭教授が「債権契約であるとはいえ、会社が同意権限を有する形のものは、会社が株主の投下資本回収の機会を制約し、かつ取締役が株主を選択する点から、契約自由の範疇に属するとはいい難く、株式会社制度のいくつかの基本理念に反するものとして無効である可能性が高い。」(江頭「会社法」(第1版)230頁)と述べていることに見られる様に、無限定な譲渡制限に対して厳しい態度を採っているものと考えられる。

6.判例批判

 本件判例は、平成7年判例からの大きな乖離もなく、実務的にはやむを得ざる点もあるためか、その結論に対して異論を唱える評釈は見つからない。しかし、今一度原理原則に立ち返るとき、以下のような問題点が指摘できる。

(1)なぜ、上告審において会社法107条および127条が問題となるのか
 会社法107条(定款による株式の譲渡制限)、127条(株式の譲渡性)について言及することは、そもそも株式譲渡に関するルールに従う旨の合意がY2(持株会)とXらの間のものである点からして、不要もしくは失当であるとも言える。少なくとも、本件判例においては、Y1とY2の間で法人格否認の法理が適用になる旨の検討もなされていない点で、不十分である。(なお、東京地判平成19年7月3日は非上場会社の社員持株会について、社員の株式取得に関して会社の強い関与があったにも関わらず、法人格の否認を認めていない。)
 この点、原審においては、Y2の属性(Y1の影響下にあること)及び価格固定を問題としながらも、単に公序良俗違反であるか否かを検討しており、会社から見て第三者間の契約であるという観点からは整合性を有していた。
 最高裁が会社法を引き合いに出したことは、上告受理申立理由書の問題提起に対する応接という側面も否定できないが、形式上の主体はさておき、持株会は実質的には会社と一体であるという事実を追認したものとも考えられる。

(2)では、Y1,Y2を一体と仮定した場合どうか
 ア.全株式をY1関係者が所有しており、全ての株主が売却価格=買戻価格という規則に従うことの問題点
 実際には、Y1の株式の簿価純資産価格は1株100円を大幅に上回った評価で推移(昭和39年で253円、昭和63年で3,455円)しており、100円という価格は実態との乖離が大きい。また、Y1には社外の株主は存在しないため、Y1株式を簿価に従った適正な値段で売り買いする人格は全く世の中に存在しなくなる。このことは、株式会社が(究極的には)株主の所有というテーゼに実質的には反することにはならないか(主のいない「野良財産」を生じさせてはいないか)。なぜなら、各株主にとっては100円の価値しか掌握できていないのに、実際は1株3455円の価値があるのならば、3355円部分は無主であり(少なくとも株主にとって関心の的ではなくなり)、企業統治の上で取締役の専横を許す結果になる懸念は無しとしない。
 イ.業績悪化し純資産価格が急落した場合
 本件では、Y1株時価が100円を大きく上回り問題化しなかったが、もし、Y1が急激な業績不振に陥ったとしたらどうか。もし時価が100円を大きく割り込むあるいはY1が債務超過だった場合でも、100円で買い戻すとしたら、一部の株主に対する偏頗的な払戻しを許すことになる。
 その場合でも、Y1自体が株主との契約主体であれば、会社法上の規制(461条)が働くことにより、結果的に買戻しは行われないが、本件では、会社本体ではないY2が主体であるため、かかる制限すら潜脱され、Y1が主体であれば自己資本を毀損するとして本来許されない買戻しまで許されることになりかねない。

(3)本件判例がそれでも合理的とされるわけ

 ア.歴史的経緯
 非上場会社では、社員に割り当てる株式を市場から調達し、または買取った株式を市場で売却するということが不能である一方、昭和42年以前には商法は会社による自社株の保有を認めていなかった。
       ↓
 持株会という「調整池」あるいは「受け皿」を設ける必要性があった。
 また、持株会と社員の間がいちいち時価でやり取りされるとすると、持株会が随意に資金調達できなければ財務的にあるいは資金繰り的に制度を維持することは困難になる。
       ↓
 一定価格で売却・買戻をすることが最も安全かつ簡便である。

 イ.預金利率を上回ると思われる配当を継続的に行ってきた
 社員としてもキャピタルゲインが得られない代償は受け取っているともいえる。
 しかし、不動産リートのように、利益を殆ど配当に回すという規制があるわけでもないので、かなり薄弱な理由であり、学説上批判が強い(※)。

(※)少々古い論説ではあるが、神崎教授は「従業員は、その取得する株式について利益配当を受け、会社の持分価値が増加すれば株式を売却することによって売却益を得る利益を有する。会社が事業経営によって得た利益をすべて株主に利益配当として分配するのであれば、すなわち会社の配当性向が100パーセントであれば、従業員持株制度によって株式を取得する従業員は、利益配当のみによって株式を取得したことの利益を享受する。しかし、会社が事業経営によって得た利益の一部のみを利益配当として株主に分配し、残部は会社に内部留保する場合、従業員は、利益配当によっては、従業員持株制度によって株式を取得したことの利益の一部を享受するのみで、残部は株式の持分価値が増大していることから、これを売却することによってのみ実現される。」として、従業員に取得価格での売却を強いることを「会社の事業経営による利益がすべて利益配当として株主に分配される場合を除いては株式投資の本質に反するものである。」と述べている(判例タイムズ501号 6頁昭和58年9月15日)。

 ウ.時価低下時も社員は定額の買戻しを期待できる
 しかし、これも会社財産の維持という点からは、背任的な要素すらありえる。)

 エ.持株制度が日本的な企業と社員の関係の増進に寄与
 持株会を通じた社員による会社所有は、社員の団結を強めて、企業の発展に寄与する。本件では、特別法で会社関係者以外の株主の排除が認められた新聞社という特殊性も加わり、持株会の維持がより強く求められる。

(4)結論
 (3)に挙げた各事情を考えると、非公開会社における株主政策の一環としてやむを得ない面は有るにしても、株式会社における株主による会社の所有という原則に反しかねない側面が大きいとともに、会社側としても実質的に不適切な買戻しを行うことにつながりかねない。
もし、社員から安定資本を得ることが目的なのであれば、本来的には、種類株式(取得条項株式等)の利用や社員に対する劣後債の発行に切り替えることも検討すべきではないか。

7.射程

 ・本件判例は、民集収録ではなく、事例判決に過ぎない。
 ・本件判例が平成7年より踏み込んだ点としては、会社と実質的に一体と考える余地のある持株会が買主となる場合においても、同価格での買取りを是認したこと、及び、それを会社法の規定に違反しないと結論付けたところである。
 ・あくまでも、本件事例における以下のような特性を前提とした事例判決である。
 @Y1の経営状態は、時価が常時100円を上回ることから推察されるように、特段の問題はなく、会社に対する任務違背の問題は生じてこなかったという事実
 A株主(社員)は相応の見返りを受けていたという事実
 B新聞社としての特殊性(日刊新聞紙法に従い、会社法の定める譲渡制限より厳しい規制が掛けられる)
 しかし、もし、これらの前提、特に@、Aが崩れた場合には、合理性が相当程度疑わしくなると考えるべきである。
                                  以上